今年の8月から11月にかけて、太陽系に太陽系外からと思われる物体がやってきた。オウムアムア(OUMUAMUA)と名づけられた400mほどの細長い物体は、太陽に対してスイングバイ軌道を取って加速して太陽系から離れている。
オウムアムアには二つの疑問があがっている。ひとつはなぜほかの彗星のように放電しなかったのか。もうひとつは太陽の重力で引き寄せられたのなら、なぜ太陽に衝突しなかったのか。これは彗星にも言えることだ。
通常の彗星は岩石なので、電子を蓄えマイナスに帯電している。これが彗星を太陽に引き寄せる原因だ。彗星がぶつからないのは、太陽にもマイナスの電荷があって、近づくと斥力が働くためだと考えられる。
オウムアムアは放電しなかった。オウムアムアの表面は炭素で覆われていたという観測もある。炭素繊維の中にはプロトンを吸着する性質を持つものがある。内部が岩石でマイナスだとしても、通常の彗星よりプラスに強く帯電していた可能性がある。
オウムアムアの速度は秒速43km、彗星が20km~30kmであるのに対してかなり速い。ボイジャーでさえ秒速17kmだ。もし彗星と同じように強いマイナスに帯電していたら、太陽にぶつかる可能性が高いといえる。表面を加工してプロトンを保持できるようにしたのは、スイングバイの成功率を上げるためではないだろうか? 太陽に彗星が飛び込むのは珍しいことではないからだ。
長さが400m、直径が160mの形は、自然には不自然だ。望遠鏡では表面が赤いらしい。
たまに飛行機に乗ることがある。窓から見る景色にはいつも興味深いものを発見することがあって、晴れた日の飛行機は大好きだ。ところが雲が視界をふさぐこともある。
着陸するために飛行機が高度を下げていくとき、雲が下にあると、機体ががたがた揺れることがある。たいていは気流が悪くて揺れるのだと考えるが、あるとき気がついた。気流が飛行機を揺らすほどなら、雲が吹っ飛んでしまうはずだが、まったく動いていない。
ところで飛行機が飛ぶのは翼に揚力が働くためと考えられている。こんな具合だ。
しかしこの説明ではおかしなことがある。ジェット旅客機が飛ぶ高度は7000m~1万mだ。この付近の気圧は地上の半分から3分の1しかない。空気の圧力差が揚力を作っているのなら、飛行機は離陸時の3分の1の揚力しかない高度を飛んでいることになる。落ちないのだろうか? スピードが十分にあるから揚力も飛行機の重量を支えるだけあるのだ、という説明がある。しかし戦闘機の中には高度が2万メートルにも達する場合がある。地上の20分の1以下、ほとんど気圧がない高度だ。
揚力は、流体の密度に比例、速度の2乗に比例する。離陸時の飛行機の速度は約時速300km、高度2万メートルで時速800km~900kmとすると、密度は1/20、速度は3倍の2乗で9倍になるので、揚力は約半分しかなくなる。
なぜ、こんな気圧の低い中を飛べるのか?
じつは気圧の説明で、大気は宇宙線で電離していて、高度が高いほど電離度が高い、と書いた。つまり翼に働く揚力は、空気の弱いプラスが翼をプラスに帯電させることで、空気のプラスに対して反発力を持つからなのだ。空気の流体による揚力+電気反発力が飛行機を持ち上げている。高度が高くなって圧力が減少しても、電離度が高くなるため、電気的反発力も増えるというわけ。
飛行機に乗っていて、下に雲があると、機体ががたがた揺れるのは、雲の持つ電荷のせいで揚力が細かく変化するためだった。
自然現象の説明には不条理なものが多い。中でも潮の満ち引きは、無理やり感が満載していた。ここでは非常に単純な説明をしてみたい。まず、前提条件は電離層はプラス、海水はマイナス、月はマイナス、これだけだ。
もう、説明するほどもないくらい単純な仕組みだ。月のマイナスに電離層のプラスが引かれるため、少しだけ電離層がずれる。月側の電離層にはプラスのプロトンが集まってくるので、プラスが強くなり、マイナスの海水が引かれて盛り上がる。反対側では、電離層が低くなるので、近づいたプラスにマイナスの海水がより強く引かれ盛り上がる。
http://seppina.cocolog-nifty.com/blog/2015/12/jjy-e6af.html
JJYの受信強度「セッピーナの趣味の天文計算」から引用。
JJYは長波なので、60km~90kmにあるD層の変化に対応している。2015年12月23日の満潮は、おおよそ15時。このグラフでは16時に低下が見られる。干潮の21時にも同じ傾向がある。受信強度の変化は電離層の高さを反映しているので、干潮、満潮が関係していることがわかる。
重力の頸木から逃れると、すべては電気で動いていることがわかる。
追記:月の反対側も満潮になるのは、遠心力のためとする説明が多い。しかし遠心力なら常時働いている力なので、干満の差を作ることはない。
高気圧といえば、天気のよい日が多い。大気の流れを見ると、上空の大気が吹き降ろすために気圧が高くなっていると説明される。しかしいっぽうで、太陽の光で暖められた空気が上昇して、雲ができるとも説明される。上昇気流があるのは低気圧だ。気象学はなぜか矛盾の多い学問だ。
気体には遠心力が働かない、と以前書いた。気体を閉じ込めた箱をぶん回しても、気体分子の速度のほうがはるかに速いからだ。エドヴェシュの実験は重力質量と慣性質量の等価性を示した。遠心力は慣性質量だ。エドヴェシュの実験の可否は置いておくとして、遠心力が働かなければ、等価原理によって重力も働かないことになる。
以上は「気体には遠心力が働かない」で説明したとおりだ。大気圧は、大気電圧の電位差によって生じている。すると、高気圧、低気圧の発生も、温度による大気の膨張ではなく、電位差の変化によって生まれると考えられる。
電離層の電子密度を見ると、極付近から赤道付近にかけて、密度が上昇していることがわかる。電離層はプロトンがたまっているため、プラスが優勢だ。電子密度が高いということは、電離層のプラスが抑えられるので、電位差が低めになるということだ。極付近での電位差が高く、赤道付近では低くなる。
赤道には低気圧帯があり、極には高気圧帯がある。中緯度にも高気圧帯があるが、この理由はべつにある。続く
ABC予想でなんだかニュースが賑わっている。新聞の1面にも載った。しかしゲーデルの不完全性定理もそうだったが、数学は役に立たないことが多い。
物理学者の中には、自然界は数式で成り立っていると考えている人がいるそうだ。たまに論文を読むといきなり数式の変形から始まることがあって、面食らう。論文の中には、数式の変形だけで終わっているものもある。
17世紀、イギリスで王立協会が設立され、資金が寄付され授業が行われるようになるが、寄付の条件には、産業の役に立つこと、という条件があった。しかし、なかなか役に立つ授業は多くはなく、あとでクレームがついたらしい。
しかし王立協会は科学の振興を常に考えていて、市民向けの講義をちょくちょく開いた。ファラデーも市民講座の講壇に何度も立った。ファラデーの講演は人気が高く、ローソクの科学として出版された。いまなら、さしずめデンジローといったところか。
私たちは科学の描く自然界のイメージを、視覚的に捉えることが多い。数式でイメージできる人はまれで、それには特殊な訓練が必要だ。アーノルト・ゲーレンは道具的理性と呼んだ。道具的理性は、最初は意識して行う思考が何度も繰り返されるうちに、無意識的に行われるようになる、という人間意識のメカニズムだ。ところがこの道具的理性には欠陥があって、一度間違った論理が組み込まれてしまうと、それを修正することが難しくなる。
いっぽう、視覚的なイメージには間違いが少ない。現実の現象と照らし合わせることが可能だからだ。フック、ファラデーといった実験家はこのイメージ力が優れていた。きわめて直感的な論文を書いた。要素が多くなり、相関が複雑になるとイメージが難しいということもあるが、現代ならコンピュータがある。
DNAの二重螺旋は、発見された当時は複雑な構造で、図に表してようやく理解された。ベンゼン環も夢に現れて発見されたらしい。原子の構造は、20世紀初頭にラザフォード、ボーアがイメージしたが、その根底にあったのは、電気力線だった。マクスウェルの考えた電気力線は、プラスとマイナスが途中で中和するというものだった。原子核は、プラスの電荷しか、外側に影響しない、と考えられたため、マイナスの電子は、原子核の周囲を必死に回転しなくてはいけなくなった。
この電子が軌道を維持するための仕組みが数学によって説明された。波動関数の導入だ。しかしこれは科学にとって本末転倒な事件だった。電子の軌道が説明できなければ、それを組み立てている原理を疑うべきだった。
電気力線は中和しないのだ。
これはファラデーがイメージしていた力線のイメージだ。クーロン力は、まっすぐに伸びる線として考えられていた。個々の電荷から発せられた力線は、途中、干渉することなく物体に届く。物体内部でそれぞれ別個に及んだ力のベクトルが合成される。
原子核内部にマイナスの電荷があれば、電子は回転する必要がなくなる。マイナスの電荷は中性子が持っている。中性子は原子核から出ると約15分で陽子と電子に崩壊する。中性子は陽子に直接電子がくっついてできている。この電子がもつマイナスの電荷が原子核から一定の距離に電子をとどめる力を発揮するのだ。陽子のプラスが電子をひきつけ、原子核内部の電子のマイナスが反発する。
本来道具であるべき数学を自然現象と考えてしまったことが量子力学という壮大な空想を生んでしまった。21世紀は100年前におきた科学の間違いを正す世紀になる。