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海外のサイトに書いた文の翻訳です。エーテルを否定したら、批判のコメントがつきました。
Dayton Miller(1866-1941)は、Michaelson Morleyより300倍正確に実験し、エーテルの存在を証明していました。 その結果、地球はベガの方向に向かって208km /秒の速度で螺旋状に進行していることが判明した。
http://www.orgonelab.org/DynamicEther.pdf

A Dynamic and Substantive Cosmological Ether James DeMeo, Ph.D.
この画像は、現在の天文学が描く太陽系の動きとまったく同じです。 200km /秒での進行速度も同じである。
それでは、エーテルは存在しますか? 私はエーテルは存在しないと思う。 私は電磁波は陽子と電子を媒介して伝わると考えています。
このメカニズムで測定されたエーテルドリフトミラーについて考えてみたい。 地球は200km /秒で太陽と共に銀河の周りを移動しています。 地球の回転速度は465m / sで、回転速度は約30km / sです。 銀河の速度は7倍速くなります。 地球の大気も200 km / sで移動します。 光は大気中の分子を通り抜けます。 換言すれば、大気分子はエーテルのように振舞う。 Millerは、地球と一緒に200km / sを走行した大気分子の動きを測定しました。
エーテルの存在を仮定すると、多くの現象をうまく説明することができます。 しかし、エーテルを使用しないで、遠隔作用を導入すれば、もっとうまく説明することができます。 電場は遠隔作用で伝わるのです。 デカルトの方法論に適した考え方です。 エーテルは暗黒物質と同じです。
オレがむかし 夕焼けだったころ弟は小やけだった 父さんが胸やけで母さんが霜やけだったわかんねエだろうナ 信じられないだろうが人間やる前惑星やってた
アステカの太陽の石、5つの太陽が描かれている。http://www8.plala.or.jp/KgnosisAC/sub3-Jinrui-astec.htmlより
オレが昔、海王星だったころ、土星は太陽だった。その太陽がしぼんで土星になると、こんどはまた新しい太陽が生まれた。木星だ。木星もしばらくしてしぼんだ。じつはオレも昔は太陽だった。となりの天王星もそうだ。いまの太陽は5番目になる。太陽は意外と簡単に作れる。宇宙を流れる星間物質に磁場のねじれが出来ると、星間物質が圧縮されて、輝きだす。中身は空洞だ。時間がたつと空洞の中に岩石や鉄が増えてくる。外から彗星も飛び込むので、岩石がどんどん溜まってくる。ある程度岩石が溜まると、太陽はしぼみ始める。ガス惑星になる。輝きを失うと、星間物質を集める磁場が弱くなるので、ほかの場所に再び星間物質が濃縮され始める。元の太陽はしぼんで太陽系の中心からはずれてしまう。新しい太陽が輝きだすが、古い太陽はしばらくの間ぼんやりとした光を放つ。褐色矮星だ。太陽からガス惑星にとしぼんでいくと、自転速度が速くなる。内部に溜まった岩石の一部が赤道部から溶けたまま流れ出す。溶けた岩石は、自転と共に回転しながら赤道の周囲に輪を作る。土星の輪はしぼんでいく過程で作られた。木星にも大きな輪があったが、木星内部から岩石惑星が出て行くときに壊してしまった。いまでも、天王星、海王星、木星、土星にはわっかがある。
わっかるかな? わかんねえだろうナ
MUTUBEで紹介された太陽空洞論
物理学の間違いを指摘しても、じゃあ本当のところどうなってるんだ? という疑問がある。これまでにもぱらぱらと書いてきたが、簡単にまとめておこうと思う。
電磁波は電界のパルス
電波、光、ガンマ線、ニュートリノは電磁波で電界のパルスが伝播する。媒体は星間物質、気体分子などだ。とくにニュートリノは最も短い電界のパルスであるため、陽子、電子を伝わる過程でほとんど減衰しない。電磁波は、媒体ー陽子、電子に電荷を供給している。
陽子振動
陽子は電界のパルスを受けると反対側に再発生させる。このとき、電荷の一部を受け取り、大きさが変化する。陽子が振動すると周囲にガンマ線の定在波をつくる。定在波は電子をその谷間に置くことで、とびとびの軌道を維持する。
パイ中間子
陽子と陽子はパイ中間子によって結びつき、原子核を構成する。パイ中間子は励起した状態の電子で、陽子同士を結合させる糊のような役割を果たしている。
ミュー粒子
電子が1段階励起した状態。分子に当たると共有電子と入れ替わり、互いの原子核の距離が著しく近づく。このとき、ミューオン核融合が起きるが、ミュー粒子がパイ中間子に変化する必要がある。
原子核
陽子と陽子が励起した電子により複数結合した状態。内部の電子は、結合の仕方で外部に出る電荷が制限されている。陽子のプラスと内部電子(パイ中間子)のマイナスが軌道電子をゆるくつないでいる。
原子
陽子と電子の複合体である原子核からのプラスとマイナスで周囲に電子がゆるくつなぎとめられる。軌道電子は、原子核からのガンマ線の定在波により、一定の距離を保たれる。定在波の谷間に電子が落ち着くので、量子跳躍が起きる。
中性子
陽子と電子が結合した状態。見かけは中性だが、陽子の外側に電子があるため、回転して磁場が発生する。中性子が単体でいるとニュートリノの照射を受け、電子をはじき出す。15分でベータ崩壊する原因。
ニュートリノ
陽子、電子を媒体にして、非常に少ない減衰で物質間を伝わる。ニュートリノにより電界のエネルギーがあまねく物質に拡散される。ニュートリノを受けると陽子の大きさが変化して、周囲にガンマ線の定在波をつくる。ニュートリノの密度で核反応が変化する。
電子
非常に小さいため、ニュートリノの入射が少ない。陽子と陽子が衝突すると陽電子が生まれるので、電界の何かと関係しているのかもしれない。
陽子
ニュートリノ、電磁波の入射で大きさが変化する。
核崩壊
原子核内部で陽子と陽子の間のパイ中間子が、ニュートリノの入射によりはじき出されると原子核が分裂する。陽子間にあるパイ中間子の角度とニュートリノのエネルギーが核崩壊時間を統計的に決定する。
短い考察
陽子と陽子は電子の励起したパイ中間子で結合されている。このとき、陽子の表面と電子はどのような状態にあるのだろう? もし、陽子が真球で電子の大きさを考えなくてもよければ、原子核は真球をまとめたような幾何学的な形状を作るはずだ。だがそれでは、原子核は際限なく大きくなる。原子核が自然の状態ではそれほど大きくなれないのは、陽子と陽子を結合させるパイ中間子がある程度の大きさを持つためではないか。陽子の数が増えると、少しずつそのパターンがずれてくるのだ。ずれが大きくなると、入射してくるニュートリノの衝撃に耐え切れず、すぐに結合がほどけてしまう。
ニュートリノが大量に放出される現象として、超新星爆発がある。超新星爆発は核融合による圧力が重力を上回ることで起きるとされる。しかし、電気的宇宙論では恒星はZ-pinchによる磁場の収縮で星間物質が濃縮された状態だ。恒星内部にはプラズマによる電気的反発力が働くが、この反発力が解放されても超新星爆発のようにニュートリノを放出するメカニズムはない。恒星が放出するニュートリノは、電子ニュートリノで、陽子と電子の衝突、離散によるからだ。
2つの可能性が考えられる。超新星爆発と大量のニュートリノは関係ない。カミオカンデでニュートリノを観測した時刻に新たな超新星が見つかったことが、超新星とニュートリノを結び付けている。カミオカンデには、正確なニュートリノの飛来方向を測定する能力はない。同時刻という関係だけだ。
もうひとつは電気的宇宙論が予測する恒星のメカニズムに未知の現象があることだ。ニュートリノは陽子、電子に電荷を運ぶ役割を持つと考えている。ニュートリノの密度が減少すると、原子は結びつきが弱くなり、崩壊する、これが電気的地球科学による予想だ。逆にニュートリノが増えたらどうなるだろう?
電子より陽子は大きいためニュートリノが多く通過する。大量のニュートリノが陽子に過剰な電荷を与えると、陽子同士が大きな反発力を持ち、恒星表面のプラズマが飛散するのではないか?
なんらかの拍子にニュートリノが増加したとする。大量のニュートリノを受けた陽子が急激に反発して動く。動いた陽子が陽子、あるいは電子と衝突、ニュートリノが再び大量に発生する。
核爆発では、中性子の幾何級数的増加が即発臨界、核分裂の急激な発生を起こす。これと同じようなメカニズムで、ニュートリノの急激な増加が陽子の反発力を増大させ、爆発的なプラズマの離散を招く。
何がニュートリノを増加させるきっかけになるのか? 流入する星間物質の電圧が増えるためだろうか? もう少し考える必要がある。
このブログには、ドラフト機能があって、発行する前に書き溜めておくことができる。発行に至らないテキストも多い。途中まで書いておいて、結論が出なかったり、あまり気が乗らないときもドラフト状態にしておくことが多い。
普段何を考えているかといえば、たいしたことは考えていない。ハンダ付けしていたり、ネットを闇雲にみていたり、ラジオを聴いていたりするだけだ。たまに気になる内容を見つけると、じーっと考えてみたりもする。たいていは結論が出ないことが多い。
いま気になっているのは、距離だ。空間という概念が数学上の概念であることを以前指摘した。縦横奥行は、幾何学から由来した考え方で、自然には本来空間は存在しない。とは、言ってみたものの手を動かせば、モノと手との間に距離がある。何かを持とうとすれば、その距離の違いで手が届く時間が違う。
電磁波の伝播でも、粒子と粒子の間は遠隔作用で一瞬で届くと考えた。一瞬とは距離がないことに等しい。質量は、モノに本来備わっている性質ではなく、加えられた力に対して起きる磁場の抵抗であることがわかった。時間は、生物の記憶がもたらす変化に対する感覚だ。自然には時間はなく、この一瞬しか存在しない。
では距離とは何だろう? モノとモノを区別できるのは、距離があるからだ。別々のモノは、同じ場所に存在できない。現在の人間の技術では、陽子、電子といった素粒子の違いを区別することは不可能だ。この電子は、1年前に見た電子と同じものだ! とは絶対に見分けることができない。それどころか、大量に存在する陽子には、個性がない。見かけはすべて同じだ。区別できるのは、位置の違い、つまり距離だ。
距離と空間とは違うのだろうか? おそらく幾何学で考えた瞬間にこの論考は無効になるだろう。距離はもっと根源的な意味を持つ。まー、とりあえず結論が出ないまま、この状態を記憶しておくことにしたい。