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ブーンブーンブーンの真相
August 19th, 2015夜寝ているときはいつもラジオを聴いている。8月になってNHKのラジオ深夜便では、ビギンの『ハンドル』が毎晩聴こえていた。最初は何気なく聴いていたのだけれども、「ブーンブーンブーン」という歌詞を聞いていくうちに歌の光景が、うつらうつらと浮かんできた。
どうやら、港町の居酒屋に嫁いだおばちゃんが、旦那に向かってしゃべっているらしい。しかし、何回か聞いているうちに、どうも、何かがおかしいと気がついた。聞いているラジオは電離層で反射した電波なので、聞こえにくいときがよくある。そこでRADIKOで録音、書き起こしてみた。
『ハンドル』 歌:BEGIN 詞:比嘉栄昇

書き起こしてわかったのは、これ、デュエット曲なんだということ。四角の部分が旦那の歌詞なのだ。二人の歌詞が交互に歌われているので、何か変な感じがしたのだ。
歌の状況はこうだ。
「昔ふるさとに帰れんかった男」が始めた郷土料理屋に通っていた女が、そこの息子と結婚、店を継いだ。いつの間にか先代は亡くなって、同郷の常連もいなくなった。子供も大きくなって家を出て行った。旦那は店が開く前に釣りに行く身分だ。店の改装資金を借りに今日は銀行に行く予定がある。出かけようとしたら、車のハンドルがサカナ臭かったので、愚痴を言っている。
いくら会社登録している居酒屋でも、夫婦そろって銀行にいく必要はない。改装資金といっているのは、口実で実際は運転資金がほしいのだろう。つまり、経営が傾いてきているのだ。だから、社長婦人は無理に改装しなくてもいいと言っている。どこにでもあるような話なのだ。
地方から出てきた男が街で女と知り合って、居酒屋をやりながら家族を作った。そこで生まれた旦那はブリキのバスで遊びながら居酒屋の店先で育った。おもちゃのバスのハンドルを握っていたんだけれど、いまは本物の自動車のハンドルを握っている。ブリキのバスは、家族を乗せる自動車へと変わった。家族に店に飲みに来ていたおねーちゃんが加わった。子供も育てあげた。タバコの焦げ跡のあるテーブルで3世代そろってにぎやかで楽しい食事もあった。いまの家族は元おねーちゃんひとりになったけど、いまも立派にハンドルを握っているんだ。ブーンブーンブーンには、そうした実感がこもっている。
ハンドルは家族を養ってきたことの象徴なのだろう。
しかしもうひとつ気になるフレーズがある。
「今日はどこまで行きます ですか?」
ブリキのバスで、子供と一緒に遊んだときの会話が浮かんでくる。きっと子供は親のしゃべった口調を真似たはず。「ます ですか?」には、奄美大島出身の人がしゃべっていた記憶があるが、勘違いかもしれない。
それにしても、どこに行くのではなく、どこまで行くのかを聞いているのはなぜだろう? そう思って気がついたのがこの歌だ。
「思えば遠くに来たもんだ」とは距離を指しているのではない。長い時間の経過がある。改装する店を考えたとき、子供のころ遊んだ記憶が浮かんできた。「今日はどこまで行きます ですか?」は子供の視点から問いかけているのだ。私の人生はここまで来てしまった(年をとった)。いつまで今日という日があるのだろうか? まるでレプリカントが博士に迫っていう台詞だ。
子供のときと同じ建物に住んでいる、というのは、『パーマ屋ゆんた』で歌われた、故郷を出て行くテーマとは違うのだろうか? しかしお終いの「今日はどこまで行きます ですか?」が社長婦人でもなく、旦那でもない口調で歌われていることに気がつけば、『ハンドル』が『パーマ屋ゆんた』と同じストーリーにあるのだとわかる。二人以外の誰かが、この生はどこまで続くのだろう? と投げかけたとき、島を出た人々の暮らしが『ハンドル』に描かれていると見えてくるのだ。